東京地方裁判所 平成元年(行ウ)231号 判決 1990年9月27日
東京都江戸川区東小岩五丁目二一番六号
原告
高橋和明
東京都江戸川区平井一丁目一六番一一号
被告
江戸川税務署長
横山義男
右指定代理人
波床昌則
同
菊地敬明
同
田中偉嘉
同
上賢清
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が昭和六三年一〇年三一日付けでした、
1 原告の昭和六二年分の所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分
2 原告の同年分の所得税の更正をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実
原告の昭和六二年分の所得税に係る、原告のした確定申告及び更正の請求、被告のした更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分及び更正並びに原告のした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は、別表第一のとおりである。
二 争点
1 原告の主張は、原告と生計を一にする妻及び長女に配当所得があるので、原告の昭和六二年分の所得税の額の計算に当たっては、所得税法(昭和六三年法律第三三号による改正前のもの、以下「法」という。)九六条ないし一〇一条の世帯員が資産所得を有する場合の税額の計算の特例(以下「本件特例」という。)を適用すべきであり、その適用の結果、原告の納付すべき税額は、別表第二のとおり、一六一万六九六〇円となるというものである。
2 被告の主張は、原告の妻及び長女の配当所得の金額は、それぞれ法第九六条四号イ又はロに規定する金額に満たないから、原告の昭和六二年分の所得税の額の計算に当たっては、本件特例を適用することはできず、これを適用しないで算出した原告の同年分の所得税の額は、別表第三のとおり、一七九万一三〇〇円となるというものである。
3 したがって、本件の争点は、原告の同年分の所得税の額の計算に当たり、本件特例が適用されるか否かである。
第三争点に対する判断
一 わが国の所得税制は、個人を課税の単位とし、各居住者個人の所得に対して税率を乗じて得た額を当該居住者の税額とすることを原則とする(法第二編第二章及び第三章)が、居住者と同一世帯に一定額を超える資産所得(利子所得、配当所得及び不動産所得)を有する特定の親族がいる場合には、例外的に、当該世帯の各人の所得を合算した金額に税率を乗じて得た額を各人に按分した金額をもって各人の税額とする本件特例を設けている。
すなわち、本件特例は、生計を一にする夫と妻、父母とその子、祖父母とその孫のうちに、総所得金額から資産所得の金額を控除した金額が最も大きい者(主たる所得者)以外で、主たる所得者の配偶者の場合には、その者が控除対象配偶者に該当するものとした場合における配偶者控除の額に相当する金額(昭和六二年分の所得税については、法三八条一項及び昭和六二年分の所得税に係る配偶者控除の臨時特例に関する法律(昭和六一年法律第一〇八号)二条により三八万円)を、その他の親族の場合には、その者が扶養親族に該当するものとした場合における扶養控除の額に相当する金額(昭和六二年分の所得税については、法八四条一項により三三万円)を、それぞれ超える資産所得を有する者(合算対象世帯員)がおり、主たる所得者の総所得金額に相当する金額に各合算対象世帯員の資産所得の金額を加算した金額が一五〇〇万円を超える場合には、法第二編第二章及び第三章の規定により計算した所得税の額によらず、右の加算した金額を主たる所得者の総所得金額とみなして累進税率を適用して算出した所得税の額に相当する金額を、主たる所得者の総所得金額と合算対象世帯員の資産所得の金額との割合に応じて按分し、その按分された金額ををもって、主たる所得者及び合算対象世帯員の税額とするものである。本件特例の下においては、主たる所得者も合算対象世帯員も、累進税率の下で、一般には、自己の所得のみを対象として課税されるよりも多額の税を負担することとなるが、かかる特例が設けられたのは、世帯員の中に資産所得を有する者がいる場合には、給与所得等のいわゆる勤労所得を有する者のみがいる場合に比して、通常は担税力が大きいとみられること、また、資産所得は生計を一にする世帯員に資産を分割することによって所得を分散させ、税負担の軽減を図ることが容易であることなどを考慮し、税額の算出に当たっては世帯単位の所得を課税対象とすることが課税の公平を図る所以であるとされたことによるものである。
二 ところで、原告の主張によれば、昭和六二年分の原告の妻及び長女の配当所得の金額は、それぞれ一五万四九〇〇円及び三六〇〇円であるというのであるから、同人らの資産所得の金額は、いずれも配偶者控除の額に相当する金額又は扶養控除の額に相当する金額を超えるものではなく、したがって、同人らは合算対象世帯員に該当しないから、原告の昭和六二年分の所得税について本件特例の適用がないことは明らかである。
三 しかるに、原告は、原告の妻が一〇万円を若干超える配当所得を得たといった本件のような場合に、本件特例の適用を認めないと、右配当所得がない場合に比べて原告の所得税の額が増加し、その増加分が妻の配当所得の金額を超えるという不合理な事態が生ずるが、このような場合には、親族の資産所得の金額が配偶者控除額、扶養控除額に相当する金額を超えなくても、解釈上、本件特例の適用を認めるべきであると主張する。
確かに、一般に、居住者と生計を一にする配偶者又はその他の親族が配偶者控除、扶養控除の適用要件である所得限度額(法二条一項三三号ハ、三四号により給与所得等以外にあっては一〇万円)を僅かに超える程度の資産所得を得ている場合には、居住者について配偶者控除、扶養控除がされないため、適用される税率によっては、配偶者又はその他の親族に所得がなく、当該居住者について配偶者控除、扶養控除の適用がある場合と比較したときの税額の増加分が、配偶者又はその他の親族の資産所得の金額を上回るような事態を生ずることがあるものと考えられる。そして、このような場合に、解釈上、配偶者又はその他の親族が配偶者控除又は扶養控除の額に相当する金額を超える資産所得を有するという要件を充足しないでも、本件特例の適用があるものとすれば、当該居住者について配偶者控除、扶養控除の適用があることとなる(法九八条四項四号)結果、右事態が回避されることは否定し得ない。
しかし、法が配偶者又はその他の一定の親族のうち配偶者控除又は扶養控除の額に相当する額を超える資産所得を有するものをそれ以下の額しか資産所得を有しないものと区別して、前者を合算対象世帯員と明記し、合算対象世帯員がいる場合にのみ本件特例を適用して、その他の場合には、法第二編第二章、第三章の一般原則に係る規定の適用によって、所得税の額を算出すべきものとしていることは、法九六条四号及び九七条一項の文言上明らかである。そして、右事態において問題とされる税額の増加分も全体の所得額との対比でみれば僅かな額であり、しかも、右事態は、直接には、給与所得等以外の所得の限度額と控除額との間に大幅な乖離がある配偶者控除又は扶養控除の制度から生ずるものであって、右事態をもって、本件特例が不合理であるとするには十分ではない(なお、右の配偶者控除又は扶養控除の制度が不合理であるとする点については主張も立証もない。)。そうすると、本件特例を、その要件を具備しないにもかわらず適用し、又はこれを準用することは、法の解釈としては到底許されず、原告の右主張は失当である。
(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 石原直樹 裁判官 深山卓也)
(別表第一)
課税処分の経緯
<省略>
(別表第二)
税額算出表(原告主張)
<省略>
(別表第三)
税額算出表(被告主張)
<省略>